夢見る機械じゃいられない

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留年した

 実家に向かう電車の中で、このブログを書いている。

大学に入学してからの三年間、長期休暇で僕は必ず実家に帰っている。理由はない。別に親に会いたいと思ったことはないし、地元の風の強さはどこに行くにもおっくうさを連れてくるし、しいていうならさわやかのハンバーグを食べに。

いつもはなかった帰る理由が、こんなところでできてしまった。留年の報告だった。

 

 

 陽気な部活の先輩が、就活用のリクルートスーツを着ていた。真新しいブリーフケースを片手に飲み会に現れた彼は、面接が三次まで突破したことを誇らしげに語った。彼は一年留年している。僕も、一年後には彼と同じ顔をするのだろうか。そう思ったとき、僕は自分がスタート地点から一歩も動いていないような、そんな感覚を感じた。

目の前の彼は、面接で語れるようなものを持っていた。けれど僕にはそんなものはない。何も持たない人間が放り出されて安全に生き残れるほど就活が甘くないことを、僕の兄は証明していた。決まらない採用に体調が悪くなったとこぼす兄に、僕は言いようのない感覚を感じていた。煩わしいなと思うと同時に、「僕は兄と同じように就活が決まらなかったとき、体調が悪くなることができるのだろうか」みたいなことを考えていた。就活というイベントを、僕はどこか遠い世界の出来事のように感じていた。

 

 なんというか、取り逃しているような気がした。普通の人が着実に積み上げてきているものを全くできないまま、歳だけが増えていっているような感覚がずっとあった。僕は本当はいまだに小学生くらいで、どこかで躓いて延々と立ち上がれないまま走っているみんなの背中を見つめているような、そんな感覚があった。

僕は、変な奴なんだろうか。