夢見る機械じゃいられない

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奢られた時お礼を言いたくないって話

二日に一回くらいの更新になってますね。いいんじゃないかな、止まるより。もれなくついてくるです。

 

さて、タイトル。僕は今大学生で、部活に入ってます。すると当然奢る奢られるということが起こるわけなんですけど、僕は奢られた時にお礼が言えないタイプなんです。

いえ、もちろん嬉しくないわけじゃないんです。僕が金を払わなくてもよくなった、というのが「余計なことをしやがって」となることは、好きなの頼めよとか言いながら頼むものにケチをつけてくるような時以外にはないでしょう。

ただ、世の中には反射的にお礼を言える人もいるわけで、そういう人が得てして世渡り上手、なんて言われるわけです。そういう人は凄いな、と思います。

 

しかしですよ。よく考えてみると、ちょっと変だな、という気もするのです。僕が後輩に奢る立場になった時のことを考えると、別にお礼を言われたくはないのです。後輩と連れ立って飯を食いに行った、もうこの時点で半分パターンは読めています。どっちも「あ、これは奢りが発生するな」なんてわかってるわけで、でも店の前でそういうことを言うのは早いから店に入って、メニュー広げて、あんまり高いの頼むのはよそうだの考えながら注文して、飯食って、会計の時にさも今思いつきました、なんて顔で「今日は俺の奢りだ」「うわーい、ありがとう!」

 

バカじゃないの?

 

たとえ感謝していたとしても、その表明の手順がこんなにややこしかったら言いたくないし言われたくないです、僕は。見えないカーテン越しにやり取りをしているようで、勘弁してくれよ、と思わずにはいられない。

ただ、お礼を言わないより言った方がウケがいいのは当たり前のことです。たとえ心の中でどれだけ感謝しようが、言わなきゃ伝わらないのは事実なんです。

ただね。そのお礼が演技過剰というか、今更それいる?というか、言ってみれば、自分が感謝したくてしている感謝ではないんです。義務感が感謝の言葉を喋らせているな、というか。

でも奢るのも義務感みたいなところもあるからなぁ。義務には義務で等価なのかもしれません。

僕は義務というものが苦手です。しなきゃいけないからする、というのはよほどハードルが低くないとやりたくないです。それよりはるかに、したいと思うときの方が物事はこなせます。当たり前か。でもその二つのものごとをこなすのに、飛び越えなきゃいけないハードルの高さには個人差があるわけです。多分私は義務のハードルが高いんだろうなぁ。下をくぐれないかなぁ。

 

というわけで、ここまで見てもらってありがとうございました。今のは義務のお礼だったんで、見てくれた人は何か奢ってください。